threewitches’s blog

元々は舞台・映画鑑賞が大好き。でも最近はテレビを見る時間が出来て、今までを取り返すかのようにドラマを見まくっています。そんな中、感想や独り言を思うままに書き留めたブログです。

悲しみよ、消えないでくれ

とてもキャッチーなタイトルだから、これだけでも気になる。そしてモダンスイマーズと聞いてもっと気になる!すぐにチケットを予約して、そうしてつい最近観てきた。

 

人は自分の弱さと向き合えない時、開き直ったり、逃げ隠れたり、他人を責めたり、弱い己れを戒めようとしたり、どんな行動に出るかは千差万別だろうと思う。舞台の登場人物のキャラクターは、卑屈だったり強がりだったりと色々。それでいて、どの台詞もどこか共感できるものだった。だからこそ微妙な場面でも笑いが起きて、次の瞬間にはどこかから呼び覚まされた感情が溢れてきて涙が出た。そしてそれはもう、ひとえに素晴らしい脚本と演出と芝居だったから。例えネガティブにうつる態度や台詞でも、自分にも芽生え得るものだと思えたし、だからこそ誰のことも責められないし、責めたくなかった。

 

登場人物は8人。それぞれが秘密を抱え、ちゃんと向き合えていない何かしらの弱さを抱えたまま、山小屋に集ったとある一日。名目は事故死した人を偲ぶ為の集い。それなのに、故人は時に置いてきぼりにされる。みんな今の自分の現実と向き合うのに必死だから。物語が進行していく内に、それはどんどん色濃くなっていく。死んでしまった人のことは、実のところもう過ぎたことなのだ。それを、みんながみんな自覚していないのかもしれないけれど。「あれからもう2年」、「いやまだ2年」、なんてやり取りもありつつ。

 

その山小屋は人里離れているようでいて、携帯の電波は通じるようになったし、「下」の世界との行き来も簡単にできる。人は自由だけど、縛られている。他人に、自分に、社会に、理想に、道徳に、感傷に、自分を取り巻く世界に。そんな風に数多のものに縛られている内に、誰かを失った悲しみは薄らいでいってしまうんだろうか。そんな時に、悲しみが薄らいでいくのに抗いたい人はどうしたらいいんだろう。


でんでんさんが、何度も何度も言う、「分からないんだよ」という台詞。それは零れる度に意味が違って、熱量も違って、聴く人の心を小さく震わせたかと思えば、時に胸ぐらを突然つかむみたいに心を揺さぶった。自分の気持ちが分からない。誰かの言動の意味が分からない。分からないことがたくさんあって、心の整理もままならず、自分はまだ悲しみを乗り越えていないのに、周りの世界では悲しみは薄らいで行く。そんな風にクライマックスを迎えていって、グルグルグルグル色んな感情が私の中でもほとばしり、最後、雪が舞い一人山小屋に残されたでんでんさんが、椅子にうなだれるように座っている影を見て説明し難い気持ちになった。とても孤独で、人生の最期の画みたいに見えた。未だになんて表現したらいいのか分からない。あ、これも「分からない」だ。胸に留めて温めておけば、いつかハッとする時が訪れるだろうか。この舞台を観て感じたことを大事に留めておこう。


久々に観た演劇。モダンスイマーズ。なにもかもが素晴らしかったし演劇の面白さを再確認した日でもあった。もちろん、「死ンデ、イル」もチケットを取った。今からとても楽しみ。